ミャンマー総合研究所
日本向け人材派遣が再始動 安全重視の「ロット制」へ移行
― 4月に制度再開、10月から実務本格化 量より信頼の時代へ
ミャンマーの日本向け人材派遣制度が再び動き出した。労働省は2025年4月に海外労働者身分証(OWIC: Overseas Worker Identification Card)の発給を再開し、同年10月には日本行きの派遣ロットを正式に承認した。当面は数十人単位の小規模派遣にとどまるが、制度の電子化と監督体制の強化により、「量から質へ」「速度より安全へ」と軸足を移す改革が進んでいる。制度の目的は単なる派遣数の回復ではなく、国際的信用の再構築と合法的な人材移動経路の定着にある。政府は26年をめどにロット上限の拡大と電子カード化を完了させ、より持続可能で透明な制度運用を目指している。
ミャンマー労働省は24年末、システム改修と申請データの精査を理由に、OWIC発給業務を全面的に停止した。これにより、全ての海外派遣が事実上中断し、日本向けの出国も途絶えた。
転機となったのは今年4月である。『ミャンマー・レーバー・ニュース』(25年4月2日)は「労働省は停止していたOWICカードの発給を4月8日から再開する」と報じ、新制度ではOWIC取得後のオンライン出国許可申請を義務づけ、労働者データを電子的に一元管理する仕組みを導入した。これで行政手続き上は正式に「派遣再開」が確認された。
しかし、4月から9月にかけて実際の派遣は行われなかった。国営紙GNLM(グローバル・ニュー・ライト・オブ・ミャンマー)は5月、「OWIC申請に不備のある申請者名簿を公表」と伝え、パスポート番号の誤記や契約書の欠落、名簿の不一致が多数報告された。これを受けて労働省は登録派遣機関への監査(audit)を実施し、再登録作業を進めた。Eleven Mediaは「監査完了までロット承認が一時停止された」(25年9月14日)と報じており、監督体制の再構築が最優先事項となっていた。
さらに、同年2月に施行された徴兵法が労働市場に影響を及ぼした。『イラワディ(The Irrawaddy)』(25年3月10日)は「18~35歳の男性約4万人が徴兵審査のため海外就労申請を停止した」と報じ、労働供給の制約が生じた。このように、25年前半は、制度的には再開済みでも実務は停滞し、「移行期」として位置づけられた。
実際の派遣が再開したのは10月である。GNLMは10月8日付で「日本で就労予定のミャンマー人労働者75人が、海外就業前研修およびOWIC申請を許可された」と報道。続く12日には57人、24日には72人の派遣が承認された。Safe Migration部門が管理するこれらの派遣は、制度停止以来初めての日本向け正式出国許可である。
派遣機関は出発1週間前までに旅券コピー、OWICコピー、出発予定日、Excel形式の名簿を労働省に提出しなければならず、従来の一括出国方式から少人数ロットによる段階承認・電子監督型への転換が行われた。
東南アジアを中心に展開する国際法律事務所 DFDL(Dezan Fanarath DFDL Legal & Tax)は、25年3月の報告書で次のように指摘している。「OWICの発給と派遣承認を分離する新方式は、行政が実際の送出しを逐次確認できる“段階承認型プロセス”である。これにより、ブローカーや非登録エージェントを制度外に排除し、認可機関のみに限定することで、透明性と労働者保護を両立させた」(DFDL Insights, March 2025)
同報告はまた、「Safe Migration部門によるデジタル管理は、国際基準に沿った“コンプライアンス主導型派遣制度”への転換であり、制度崩壊を防ぐ“安全弁”として機能している」と分析している。つまり、この新制度は「派遣数を増やすことよりも、信頼を取り戻すための制度的リセット」であるといえる。ロンドンに拠点を置くIHRB(国際人権・ビジネス研究所)も24年の報告書で、「ミャンマーの海外就労制度は違法仲介防止の観点から進化している」と評価。
世界銀行の『Labour Mobility as a Jobs Strategy for Myanmar』(24年)も「労働移動政策は“数の拡大”から“安全と信頼の確立”へと軸足を移した」と結論づけた。これらの国際的評価はいずれも、制度改革の方向性を裏付けている。
現在の派遣は1ロットあたり50~80人規模に限定され、OWICセンター(ヤンゴン・マンダレー)で1日処理できる人数も80~100人が上限とされている。Eleven Mediaは「週2ロットの承認で年間7,000~8,000人が限界」と試算しており、当面は大規模派遣の再開は難しいとみられる。ただし、登録派遣機関への監査終了後には「1ロットあたり100~150人に拡大する」方針が検討されており、労働省は段階的増員を見込んでいる。
さらにEleven Mediaによると、労働省は26年に第三のOWICセンターを開設し、年間発給能力を現行の約1.8倍に拡大する計画を持つ。同年中にはOWICの電子カード化が完了する見込みで、出国から就労までの全工程をオンラインで追跡できるようになれば、制度の透明性はさらに高まる。この電子化とセンター増設により、26年後半には派遣数がコロナ前の半分程度まで回復するとの見方が強い。
| 年度 | 推定派遣人数 | 主な背景 |
| 2018年 | 約15,200人 | 技能実習制度の拡大、ブローカー経由が多い |
| 2019年 | 約18,000人 | 過去最高、COVID前のピーク |
| 2020年 | 約9,000人 | パンデミックによる渡航制限 |
| 2021年 | 約4,500人 | 政変と国際便停止 |
| 2022年 | 約6,800人 | Safe Migration制度発足、再開期 |
| 2023年 | 約9,200人 | 特定技能制度の拡大 |
| 2024年 | 約5,400人 | OWIC再編と徴兵法準備の影響 |
| 2025年(見込み) | 約7,000~8,000人 | 制度再開・ロット制運用(50~80人単位) |
| 2026年(予測) | 約10,000~12,000人 | センター増設・電子化完了後の拡大期 |
(出典:GNLM、Eleven Media、The Irrawaddy、Myanmar Labour News、DFDL、World Bank 各報道より)